不動産売買時に発生する手付金の内訳について

手付け損倍返し

不動産売買で買主から手付金が交付されるのが一般的です。手付について民法は557条1項で「買主が売主に手付を交付したときは、当事者の一方が契約の履行に着手するまでは、買主はその手付を放棄し、売主はその倍額を償還して、契約の解除をすることができる。」と規定しています。
そして、売主が宅建業者の場合にはこれに反する特約で、買主に不利なものは無効となります(宅建業法39条2項)。

ところが売買取引の実務では、手付はさまざまな意味を持っています。また、民法の条文中の「履行着手するまで」とはいつのことなのか条文を読んだだけではわかりません。そこで売買取引実務における手付の意味やそれにまつわる判例についてご紹介したいと思います。※カッコ書きの日付は最高裁判所の判決の日付です。

手付金とは

手付には4種類の意味があります。
①証約手付…契約を締結したということを示し、その証拠という趣旨で交付される手付
②解約手付…手付の金額だけの損失を覚悟すれば、なんらの理由を要せず契約を解除
できるという趣旨で交付される手付
③損害賠償の予定としての手付…売主又は買主に債務不履行(違約)があった場合に支払わなければならない損害賠償が手付けの額に制限される趣旨で交付される手付
④違約罰としての手付…売主又は買主に債務不履行(違約)があった場合に、損害賠償とは別に違約金として没収する趣旨で交付される手付

ここで、③と④を併せて「違約手付」と呼ぶことがあります。上記③の趣旨で手付けが交付された場合には、損害額が手付の金額より大きくなっても、損害賠償の額は手付金の額に制限されます。さらに、「違約手付」とだけ明示された場合には、自動的に③の損害賠償の予定としての手付と解されることになりますので注意が必要です。加えて、「手付」とだけ明示されている場合には、原則として②の解約手付と解釈されます(判例は、最判昭29年1月21日において、売買における手付けは、反対の証拠がない限り解約手付けと認めるべきである、としています。)のでこれも注意が必要です。

手付で契約を解除できる限界

手付を授受した場合であっても、民法の条文にある通り「履行に着手するまでは」買主はその手付を放棄し、売主は手付の倍額を支払うことでなんらの理由を要せずに契約を解除することが出来ます。買主であればやっぱり他の物件を購入したい場合や、売主であればもっといい買取り金額を提示された場合でも手付解除が可能になります。

でも、もし自分が買主で売買代金も用意したのにいきなり契約を解除されたらどうでしょう。そこで、取引相手の信頼を裏切るべきではないという観点から判例は「履行に着手」の意味について次のように判事しています。

履行に着手とは、客観的に外部から認識できるような形で履行行為の一部をなし、又は履行の提供をするために欠くことのできない前提行為をなした場合をいう(最判昭40年11月24日)。すなわち、売買契約の履行に向けてお互いが当該契約の重要な行為または、その前提行為をした場合を言います。では、実際に「履行に着手」したと認められたケース、認められなかったケースを見ていきましょう。

「履行に着手」したと認められるケース(手付け解除が認められないケース)

判例は、買主が全部の代金を用意した上、売主に引渡しの催促をした場合(最判昭30年12月26日、最判昭33年6月5日)には「履行に着手」したと認められ、売主は手付解除が出来ないとしています。買主として出来ることは購入金額の準備がもっとも重要ですから、買主が「履行に着手するまで」とは、売主側から見ると割と短時間であることがわかります。
売主の場合は、登記関係書類をそろえ、買主に物件の引き取りを催促した場合には「履行の着手」が認められると考えられています。また、売主が売買契約を履行するために土地の分筆をした場合も同様です。

「履行に着手」したと認められないケース(手付け解除が認められるケース)

では、買主が転売を考えていて、転売先と売買契約をすでに結んでいた場合はどうでしょう。これは原則としては、元の売買契約の重要な行為をなしたとはいえず無関係であると考えられていますので「履行に着手」したとは言えないと考えられています。
さらに、これまで見てきたように「履行に着手するまで」という要件は、取引の相手方を保護するためのものですから、自分が「履行に着手」していたとしても、相手が「履行に着手」していなければ手付け解除は可能です(最判昭40年11月24日)

売主の「その倍額を償還して」の意味

557条1項では手付解除をする場合には、売主は手付の「倍額を償還して」しなければなりません。判例は、口頭で「手付けの倍額を償還する」旨を告げるのみでは足らず、現実に手付けの倍額を買主に提供しなければならないとしています(最判平6年3月22日)。手付解除は時に早い者勝ちとなるような微妙なケースがありますから、すでに手付を交付している買主とは異なり、手付の倍額の準備が必要な売主は注意が必要です。

手付解除の期限と民法557条1項の「履行に着手するまで」の関係

不動産売買の事項説明書等を見てみると、手付解除の期限が記載されている場合がほとんどです。では、相手が「履行に着手」した場合であっても、重要事項説明書等に記載されている手付解除の期限までは手付解除ができるのでしょうか。

これが争われた事件があります。この事件の不動産売買の重要事項説明書等には「相手方が契約の履行に着手するまで又は、平成12年5月26日までは」手付解除ができると定めていました。買主は売主が履行に着手しても平成12年5月26日までは手付解除ができると考えて、売買契約を解除しました。これに対して相手が、すでに「履行の着手」をなしており解除は認められないと反論しました。

そこで、名古屋高等裁判所平成13年3月29日判決は、『一般に履行の着手の意義について特別の知識を持たない通常人にとって、「履行の着手まで」「又は」「5月26日まで」手付解除ができるという本件手付解除条項を、履行の着手の前後にかかわらず「5月26日まで」は手付解除ができると理解することは至極当然』と判事して買主に手付解除を認めました。

これは下級新判例で、判例として確立されているものではありませんが、おそらくこの考え方は維持されるものと考えられます。そもそも、買主の立場に立つと重要事項説明書や契約書に手付解除の期限が記載されている場合には、その期限まで手付解除が出来るものと考えてしまいますが、本件では契約書の文言の解釈をめぐって争いが生じました。

たとえばこの裁判で売主は、「契約書の記載どおりに解釈すれば、相手が履行に着手するか手付解除期限の経過の、どちらかが発生したら手付解除はできなくなるから、売主が履行に着手した以上買主は手付解除をすることはできない。」と主張しました。売主の立場に立ってこの主張を見ると、この解釈も成り立つように思えます。この事件の特殊な事情として、売主は不動産のプロである宅建業者でした。そこで、裁判所は宅建業法39条2項を適用して、買主に不利な部分を無効(この事件の場合は、重要事項説明書等記載の手付解除期限の「履行に着手まで」の部分を無効としました。)として一般人である買主を救った特別の判例と見ることも可能なのです。

そうすると、売主が宅建業者でない場合には別の判断がなされる可能性も否定できません。売買契約締結に際して重要事項説明書や契約書の文言は逐一確認し、お互いに共通の解釈基準を持ちましょう。時には書類の文言の訂正や書き換えをお願いしましょう。

最後に

ご存知の通り、民法は大改正を迎えます。これに伴い民法557条1項も次の赤字部分のように条文が変わりますが、実質的には旧民法と変わりませんので、手付に関してはこの記事を参考にされて問題ありません。
第557条1項 買主が売主に手付を交付したときは、買主はその手付を放棄し、売主はその倍額を現実に提供して、契約の解除をすることができる。ただし、その相手方が契約の履行に着手した後は、この限りでない。
参考文献:土地家屋の法律知識 自由国民社

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